大判例

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仙台高等裁判所 昭和51年(ネ)212号 判決

控訴人 鈴木治雄

被控訴人 日本電信電話公社

代理人 山田厳 大衡淳夫 及川峻 ほか九名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対して昭和四五年九月二五日付でした三か月停職の懲戒処分は無効であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し金七万九二〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、原判決一七枚目裏二行の項目番号「3」を「三」と、同一九枚目表一三行の「第三〇号証の一、二」を「第三〇号証の一ないし四」とそれぞれ訂正し、同一八枚目裏二行の「宿明勤務であつたが、」の次に「被告は」と挿入し、なお次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示(原裁判所の昭和五一年六月一日付更正決定を含む)と同じであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

第一「昭和四五年六月一九日の非違行為」について

一  この点に関する被控訴人の主張事実中、控訴人が片倉正運用部長に対し「運用部長の馬鹿者、馬鹿野郎、こいつは生意気なんだ。貴様のような奴は山形から出て行け。公社の番犬。」との暴言を浴せたとの事実(原判決六枚目表七行から一〇行まで)は、従来否認していたのを撤回してこれを認めるが、控訴人がこのような言葉を用いたのは、被控訴人側管理者が控訴人らの正当な面会申入れに対して十分な説明もせずにこれを拒否し、「帰れ、帰れ」と口々に叫び、局舎入口に阻止線を張り実力で入局を阻止する頑迷な対応に終始したため、これに触発されてのことであるから、この非はむしろ原因を与えた被控訴人側にあり、この点を看過し右暴言のみをとりあげてこれを控訴人の非違行為とするのは不当である。

二  また控訴人が右暴言を吐く直前、控訴人らの集団が被控訴人主張の暴行(原判決六枚目表四行)を加えた事実はないのであるが、仮に何らかの暴行があつたとすれば、それは右と同じく被控訴人側が原因を与えたからであつて控訴人らの責任ではなく、まして集団のリーダーとして指揮をとつたり他の者の個々の行為をすべて認識していたのではない控訴人の非違行為とされるいわれはない。

第二同年六月二四、二五日の「無断欠勤」について

被控訴人のなした本件時季変更権の行使は、労働基準法三九条三項の解釈、山形電報電話局における当時の実情と慣行、控訴人から本件年休請求があつた後の同局の具体的対応状況からして違法、無効である。

一  時季変更権行使の要件として右法条が掲げる「事業の正常な運営を妨げる事情」は現実に存在するか、少なくとも高度の蓋然性をもつて存在しなければならない。この場合、年休により必要な人員が欠けそのために事業の正常な運営が妨げられる、というような短絡した論法は認めるべきではない。年休という労働者の基本的な権利を実質的に保障するため、使用者は労働者に所定の年休を与えても事業の正常な運営が妨げられないように余裕ある人員配置をなし、更に勤務割の変更など可能な限りのあらゆる手段を尽して必要な代替勤務者を確保すべきである。そうしてもなお代務者を確保できず、事業の正常な運営が妨げられるに至る場合に初めて時季変更権を行使しうるのである。

二  しかるところ当時において年休請求者の代務者は容易に確保されうる実情にあつた。すなわち、第一に、宿直、宿明勤務者に急病などの不測の事態が発生し勤務不可能となつた場合の対策が全くなされていないのは、代務者の確保が容易であつたからである。第二に、本件の具体的な場合について見ても、控訴人が昭和四五年六月二四日の宿直、二五日の宿明勤務につき年休請求をした同月二三日中に、被控訴人はその代務者として白畑職員を確保することができた。この事実は、二四日午前九時三〇分からの日勤に就く筈であつた白畑職員が被控訴人からの指示により自宅に残つていたことから明らかである。

三  被控訴人と全電通労組との労働協約に「休暇請求をする場合は原則として前々日の勤務終了時までに請求するものとする。」との条項があるけれども、現実には、前日あるいは当日になつて休暇請求をなし、更には同僚職員を通じてこの請求を所属長に伝え、その回答をまたずに休暇をとることが被控訴人によつて容認されていた。このことは代務者の確保が容易であつた実情の証左であると共に、先に述べた如く使用者たる被控訴人に代務者探索の義務があり、この義務を尽さずに安易に時季変更権を行使しえないという認識があつたことの現われでもある。

四  仮に使用者の右義務が一般的、制度的な義務であるとまでは断じえないとしても、本件の場合控訴人からの前記請求に対して所属長たる丹野課長が「交替者の有無を検討し、これがあれば年休を承認する。」と回答しているので、このことにより被控訴人は代務者探索の具体的義務を負うに至つた。したがつて被控訴人は代務が可能と考えられる他の職員全部、すなわち勤務割表上の略号でいうと、二三日日勤の「木」、「田」、「岩」、同日午前九時に宿明となる「貞」、「瀬」、「後」および二三日週休の「八」、「白」、「川」の九名に連絡をとり、二四日の宿直、二五日の宿明勤務に就く意思があるか否かを確認するなどの探索義務を尽すべきであつた。右九名の者全部に対していかなる形で意向打診をしたのかについて被控訴人から具体的な主張のない本件にあつては、結局被控訴人が右義務を尽さなかつたと断ずるほかなく、かかる義務違背があるのに被控訴人が時季変更権を行使するのは許されないところである。

被控訴人は、前日または当日に年休請求を受けた場合には他職員に対し代替勤務命令を発しえないから業務に支障をきたすというが、同意する者があればこの命令を出せるのであるから、同意者の有無を探索すべき義務はこの場合においても先行するのである。

(被控訴人の陳述)

第一  昭和四五年六月一九日の非違行為に関する控訴人の主張は、独自の見地から事実の評価をしようとするものであつて失当である。当日における控訴人の一連の行為が懲戒事由としての非違行為に当ることは明らかである。

第二  同月二四、二五日の無断欠勤について

一  先に述べてあるとおり、通信担当の宿直、宿明勤務については常時三名の要員配置が必要不可欠であり、一名たりともこれが欠ければ直ちに通信業務の正常な運営に重大な支障をもたらすことになる。したがつて右勤務の年休請求につき時季変更権を行使すべきか否かを判断するにあたつては、交替要員を容易に確保できるか否かが重要な基準となる。控訴人は、急病等の支障者が生じた場合の補充対策がなされていないことを挙げて、代務者確保が容易であつたことの証左であるというが、このような、年休とは異質な、また稀有な事態を前提として右の如くいうことが論理的でないのは明らかである。控訴人は更に、控訴人から年休請求のあつた同月二三日中に白畑職員を代務者として確保できたというが、かくなしえたのは二四日朝のことであり、二三日中には懸命に代務者の確保に努めたのに遂にこれを見出しえなかつたのである。

二  労働協約上の定めにも拘らず、指定日の前日または当日に年休請求がなされ、或いは所属長からの回答をまたずに欠務しても欠勤扱いされない事例は極めて例外的なことであつて、しかも日勤の場合に限られ、宿直、宿明勤務については全く例がない。前日または当日に年休請求がなされた場合にも、被控訴人が代務者確保のため探索義務を負うと解すべき合理的根拠はない。もつとも、当該職員がみずから同僚等の交替適格者と交渉してその同意のもとに年休請求に及んだような場合には、被控訴人としてもこれを拒否してまで時季変更権を行使しなければならない理由はないから、勤務割変更を命ずることになるが、本件はこのような場合ではない。また同僚等の事前同意をとりつけないままの年休請求がなされた場合であつても、その利益のため能う限り交替適格者を探索して請求者の年休実現に尽力しているが、前日または当日における年休請求に対しては、それはあくまでも恩恵的な措置であつて、義務として行つているのではない。

三  控訴人は二四日の宿直、二五日の宿明勤務につき九名の交替可能者が存在したというが、勤務割表上は二四日週休の「貞」と「後」は勤務割記録表によれば同日は日勤をしており、また他職員の健康管理面を無視し中一日おいて連続して深夜勤務となる三名をこれに含めるなどは不当なことである。加えて交替可能の問題と交替の同意の問題とは全く別であるのに、控訴人はこれを混同している。

(証拠) <略>

理由

一  請求原因1、2の事実(控訴人が昭和四五年九月二五日当時被控訴人の職員として山形電報電話局運用部受付通信課に勤務していた者であるが、同日被控訴人により三か月停職の懲戒処分を受け、右停職期間中一か月三万九五〇〇円の賃金を三分の一に減給されたこと、右懲戒処分の理由は「控訴人が昭和四五年二月一六日停職処分をうけているにもかかわらず、同年六月二〇日から同月二五日の間に二回にもわたり五日間の無断欠勤をしたこと並びに六月一九日部外者を先導して山形電報電話局に押しかけ、警備に当つていた同局管理者の制止を無視し、再三にわたつて暴言を浴せ強引に入局しようとして管理者の体を押しつけるなどの暴行を加えたことはきわめて悪質な非違であつて、日本電信電話公社職員就業規則五九条一一号及び一八号に該当し、公社職員としてはなはだ不都合である。」というものであること)は当事者間に争いがない。

二  被控訴人が右懲戒処分の理由として主張するもののうち、控訴人の昭和四五年六月一九日の非違行為および同月二〇日から二二日までの無断欠勤の存否に関する当裁判所の判断は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由欄の二の1冒頭から二の2(二)(2)ハまで(原判決二〇枚目六行から三七枚目裏六行まで)の説示と同じであるから、これを引用する。

原判決二〇枚目裏四行の「紛砕」を「粉砕」と、同二三枚目一〇行の「いいえても」を「いいえなくても」と、それぞれ訂正し、同二八枚目裏二行の「時期方法についてみると、」の次に「被告と組合との間の協約等により、」と、同頁末行の「企業経営下」の次に「および他職員の計画的個人生活の維持」と、それぞれ挿入し、同三一枚目一三・一四行の「大類」を「大類職員」と訂正する。

三  同年六月二四、二五日の無断欠勤の存否ならびにその余の争点および控訴人の主張に対する当裁判所の判断も、次のとおり付加変更するほかは、原判決理由欄二の2(二)(2)ニから三の末尾まで(原判決三八枚目表一行から四二枚目裏一二行まで)の説示と同じであるから、これを引用する。

原判決三八枚目裏五行の「井上の各証言」の次に「および当審証人白畑邦彦の証言」を加え、同頁九・一〇行の「係長に命じて原告の交替者の有無を手配検討したこと、」とある部分を「石山係長に命じて、二三日が週休日に当つていたため宿舎にいた白畑職員ら代務適格者に電話するなどして、二四日の宿直、二五日の宿明勤務に勤務割を変更されることに同意するか否か打診したが、同日中には同意をえられなかつたこと、」と改め、同三九枚目表七行の「その後」から同末行の「生じなかつた等の」までの部分を「その直後頃同副課長は原告が二三日夜逮捕されたことを知り、原告が二四日夕刻までに釈放されないとすれば同日から翌日にかけての宿直、宿明勤務者が一名欠けることになつて、業務の運営に重大な支障が生ずることを考慮し、この急場をしのぐため改めて勤務割変更に同意する者を探すこととし、同日午前九時直前頃、同日午前九時三〇分からの勤務に従事すべく出勤準備中の白畑職員に電話して、勤務割変更に同意するよう再度要請したところ、同職員もやむなくこれに同意したので、同職員を原告の代務者とする勤務割変更をした」と改め、同三九枚目裏二行の「ところで」から同四一枚目表五行の末尾「考慮されなければならない。」までの記載を削除し、次行の「従つて」に始まる三行を「先に判示したところ(原判決理由二の2(二)(1)、二七枚目裏一一行から二九枚目表一二行まで)と右認定の事実からすれば、原告の年休時季指定が二四日の宿直、二五日の宿明という深夜を中心とする長時間にわたる勤務を対象とし、しかもその前日に当る二三日になされたため、被告としては既定の勤務割を変更するのに必要な代務適格者の同意をうるのが困難となり、さればとて右勤務につき一名でも欠員が生ずれば深夜の通信業務に重大な支障を招来することになるため、二四日午前八時三〇分頃時季変更権を行使するに至つたのであるから、これがやむをえない、適法有効なものであることは明らかであり、したがつてこれにより二四、二五日の勤務についての原告の年休時季指定はその効力を失つたというべきである。原告(控訴人)は、当時の山形電報電話局においては容易に代務者を確保しうる実情にあつたとのことを前提として、被告(被控訴人)としては指定日の前日または当日における年休請求に対しても、可能な限りのあらゆる手段を尽して年休の実現をはかるべき義務を負わされており、この義務を尽したことを具体的かつ完全に立証しない以上、時季変更権の行使は容認すべきではない、との趣旨の主張をするが、これは証拠上認めえない事実と独自の見解を前提とする主張であつて、採用できない。」と改める。

四  よつて控訴人の請求をいずれも失当として棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 田中恒朗 武田平次郎 小林啓二)

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